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おひさしです!!
いやー!だいぶおひさしぶりんちょです!僕は今タンザニアぶりんちょです!
UGANDAでの9日間の孤児院でのボランティアから帰って参りました!
本当は行く前にそこまでのことをアップしてからいきたかったけど時間がなくてできなかった。
旅人って実は意外と忙しいのです!ふん!
行く前にBーBOYとともに踊り、小人のピグミーたちと触れ合ってきました。それはまた今度。
てか全部パソコンで打ったんだけどここのパソコンがワード読み取ってくんないからアップできない!
明日キリマンジャロ麓のモシって町にいってそのあと首都のダルエスサラ-ムいくからそのときにでもみつけてアップしまっす!!
いやはやしかし子供たちの笑顔が素敵だったー!!そこはまた今度!

しかしいいですな!文明!!電気使える!水がある!コーラ飲める!肉食える!最高!!
久しぶりになんでも好きなようにできるからってんで昨日から肉ばっか食って腹がついていかずに消化できなくて息がくさいですwあざっす!!

昨日でてきてタンザニア入り!
で、そのままビクトリア湖をフェリーでわたって今ムワンザってゆう町にいます。
旅って楽しいなー!
やっぱ刺激を常にうける環境で生きて生きたい!いきたい!!

もっともっといろいろみてみたい!もっと地球を肌で感じたい!
一週間以上も一箇所にとどまり続けてその気持ちがかなり強くなった!

ばしばし動いていきまっせ!そしてばしばし更新していきまっせ!!


、、、、、できたら!笑
ネット環境次第!!オス!!近日一気にアップするからお楽しみに!!うひょひょひょひょー!!
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2009 / 03 / 03 ( Tue ) 21:52:53 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(4) | トップ↑
safariダンス!
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 01:18:00 | Kenya | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
マサイマラダンス!
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 01:19:46 | Kenya | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
マサイ族にアップロック!!
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 01:20:28 | Kenya | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
BREAKEDANCE PROJECT IN UGANDA
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 01:21:35 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
今モシ!
モシてとこいます!
なんだかいろいろありました!今日はキリマンジャロの麓をうろついてきたのです!
今使ってるネットカフェ早いけどワードつかえましぇん!書いた記事が載せられないのです!!
悔しい!笑
てことで明日首都のダルエスサラームいってあげます!できるだけ一気にあげたいです!
ネット環境次第!お楽しみに!ではまたたたたーん!!
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 01:41:04 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
BREAKDANCE PROJECT IN UGANDA
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踊ってきた!ウガンダのB-BOYと!
前にみやげ物やがたくさんある国立劇場で買い物をしてるときに声をかけてきたフィリップに電話して待ち合わせして一緒にGO!

学校とゆうか体育館とゆうか、なんかそんなところに連れて行かれた。
ダンスがある日は月曜と水曜。
いつもは月曜が外で水曜は体育館の中でやってるらしいけどこの日はバトミントンの選手権があるらしく外で。
ブレイクダンスをがっつりやってる人がやってるとこにいくのかと思ってたけどちょっと
違った。
これはBreakdance Project in Ugandaなるものらしくみんなにダンスの良さを伝えていくというもので最近始まってばっかり、、っぽかった。もちろんがっつり踊ってる人はたくさんいた。

このプロジェクトが始まる前からダンスをやってたフィリップは初心者に先生としてダンスを教えているらしい。すばらしいことだ。ダンス歴4年の19歳。超いいやつ。

ついたのは5時くらい。でもまだまだ始まらないらしくしばらく木の木陰でちょっと休んで話してた。

むこうをみると、うおーいるいる!みんなブレイキンやってるじゃないの!
周りははだしでサッカーしてる子とか野球してる子達もいる中ブレイクダンスゾーンが一番盛り上がってた。そこはなんでもない土の上。いや、草の上?

ブレイクはみんな初心者みたいで動きが荒い。でもバネがあった。ダンスってかアクロバット。
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そこにはでっかい車のタイヤがひとつ置かれていた。
それをジャンプ台にしてみんなバク宙とか側宙の練習してた。やばい人はまじでやばい。
どんだけ飛ぶんだってくらいとんでた。

なんかすごいアフリカらしい光景だった。
土の上で情熱を注ぐ姿は本当にきらきらしてた。これぞまさにアンダーグラウンド。
こっから這い上がってきたやつは強いだろうな。

だいぶ長いこと眺めててようやくダンススタート!
踊る場所はちょっと動いて学校の雨よけみたいなとこ。音楽もなかった。ストレッチしてまず初心者講習スタート。
講習やってる最中に体あっためて準備運動。
しばらくしたらサークルができた。
サークルってのはみんなが輪っか作って一人ずつ踊りたいやつがでて踊る形。踊ってるやつをみんながわっか作って囲むからサークル。これぞまさに、ブレイクダンス。

いやーしかしウガンダ人うまいね!完全になめてた。
みんな情報がなくて全然基礎とかないのかなと思ってたけど全然。うまいよあなた達。

ブレイクダンスはウィンドミルとかぐるぐる回る系中心のパワームーバーと音とかリズム重視のスタイルってゆう二つに分けることができる。大きくみるとだけど。

パワームーバーが多いんだろうなと思ってたけど全然!みんなほとんどスタイル。
スタイルのほうがオリジナルなダンスができるから好き。
ここにいたみんなの踊り方はすごいB-BOYらしい踊り方。
基本に忠実でそこをどんどん上げていくみたいな。
でもやっぱそこには黒人でしか出せない、いや、ここで育ってないと出せないようグルーブ感があった。

いいねー!!この空気!久しぶりにB-BOYに囲まれた。てかこの旅では完全に初だ。
みんなが同じものを共有するこの空間はかなりいい!好きなものが同じ人同士集まればそりゃ楽しいし仲良くもなる。ピース!

で、ダンス。
普通ダンスするなら音楽があって、場があって、サークルができるって感じになると思うけどここには音がない。
じゃあどうするのか!?

そうです!!もちろん!!!



手拍子!!!


激アツ!!!!



最初は手拍子だけだったその空間にいつしかヒューマンビートが入って歌が入った。すごい独特で、なんだか聞いてるとめっちゃ上がる。
なにもないその空間にみんなが集まって楽しめる場を作っていく。これぞまさにHIPHOP!いやーどこまでアツいんだウガンダ!

もちろんめっちゃ踊った。かなり上がった!テンション上がったし、息もあがった!笑
この旅で完全に体力なくしてるやー。
そりゃそうだ。旅でてから自分を追い込むようなダンスはほとんどしてないもん。あーどんどん下手になっていく!悔しい!
でもここきてまじで良かった!やっぱこうゆうところに身を運ぶのは大事だ。もっともっとうまくなりたいって思うもん。負けたくない!自分にも、みんなにも。すんごい刺激もらった。
アフリカは自分のダンスを見つめなおすいい場になると確信。絶対にここでうまくなってやる。
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彼が誘ってくれたB-BOYフィリップね。チェアー系。うまし!
ダンスできない人ってか始めたばっかの人はみんな夢中でサークルのダンスをみてた。その好奇心。それが大事!好きこそものの上手なれ!

みんなガッツリガッツリ燃え尽きたとこでサークルは終わった。
その後もダンスは続く。
みんなアスファルトの上、芝生の上、土の上で思い思いに練習。
あんだけの人数があんな暗い中みんな必死で練習してる姿はみたことがない。
まさにアフリカ。その情熱があれば絶対うまくなる。
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サークル終わってからもうふらふらだったけどダンス教えてっていってくれる子達がいたから教えた。やっぱ情報が少ないのか知らない動きとかがある。
そうゆうのを教えた。ダンスに国境はない。

ダンスダンスで気づけばもう終了の時間。いやーほんとあっとゆう間だった!
すげー楽しかった!ここで仲良くなったみんながまたこいよっていってくれた。俺たちは兄弟だろって。ダンスって本当に、すばらしい!

終わったあともけっこう話し込んでて9時くらいまでそこにいた。
さすがに次の日が移動で朝早いから帰ることに。
最後の最後までまた電話かけろよっていってくれたフィリップに持ってた肘パッドをあげた。日本に帰ればあるし、是非使ってほしかった。
だってもう会うことできない。日本にくるなら話は別だけどボランティアの関係で来週までカンパラにいることはできない。だからここで一緒に踊れるのはこれが最初で最後。

フィリップはまじでいいやつだ。貴重品やれなんやれとにかく気にかけてくれた。この機会をくれたのもフィリップだしダンスでもわかりあえたと思う。感謝。そしてリスペクト。
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みんなの優しさと温かさに触れて、帰り道また泣きそうになった。最高に幸せだった。
この出会いもまた必然。フィリップたちともまたきっと再会できるはず!
生きてるってほんと楽しいな!!みんな最高に楽しい時間をありがとう!!!世界のどこかでまた会おう!!ウェバレニョ!!
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2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:22:02 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(2) | トップ↑
東アフリカのバスう
小人村。ピグミービレッジですな!アツくダンスを踊った次の日は早速コビト!
ウガンダの首都カンパラからフォートポータルって町にバスでゴー!
メシ食ってからGO!!マトケうめー!笑
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朝9時くらいにバス停にいったけど出発は10時。アフリカのバスは好き。
まず物売りが多い。南米もそうだった。ペルーとなんだか感じが似てる気がする。なんとなく。売りに来るものは水やれ食い物から始まって薬やれ水筒やれ本やれなんでも売りに来る。
もうなんかここですべての物買えるんじゃないかってくらい。

物売りがわんさかわんさか乗ってくるし客の荷物も多い。
今までいったとこではバスに乗るときでかい荷物は全部バスの腹?下にいれてたけどアフリカではいけそうなら全然でかい荷物でも上に乗せる。だからもう荷物でいっぱい。座れましぇんわ。
この時バスの一番後ろにのったんだけど足元にはぴよぴよひよこ。
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あっひゃー!!大量のひよこがダンボールに入っておかれてるよー!!誰のだーー!!笑


アフリカでありえないことなどないw
バス出発。走り出してからもまた面白い。
イケイケのアフリカンミュージックがガンガン流れてるんだけどなぜかアフリカはPVも一緒に流れてる。そのPVがまた面白い。
ケニアとかでもみてたけどなんか質が悪い。
家庭用ビデオで日常を撮影したような映像を流す。
もちろん歌ってたりもするけどその歌ってる場所がただの家の中だったりしなびた古着屋の中だったりする。そこで本気なのかどうなんだかわからない感じで歌ってる映像が延々と流れる。
もうまーじで面白い!アフリカのセンスに脱帽w
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まだまだあります面白ポイント!
目的地までちょいちょい止まってバスは走る。人の乗り降りの為かガソリン入れるため。
その休憩ポイントの物売り。これがまたすごい!

バスが止まるとこの前でバナナとか肉とか焼いてまっててバスがきたら一気にぶわあああ!!!
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買ってーー!!!!あたいの買ってーーーーーー!!!!!


もちろん毎回そんなに長いこととまってるわけにもいかないから乗ってこれないことが多い。
だから窓の外から。肉を突き刺した棒を高々と掲げてみんなで詰め寄ってくる。
買ってー!!たのむからーーー!!!
正直みんな売ってるものは一緒。焼いたバナナと肉と水、ジュース、飲むヨーグルト。一番高く掲げた人から購入ね。
肉の棒が一本500シュケルだっけかな?20円くらい?安い。うまい。ありがたい。
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走ってるときはPV。で、止まってる時は物売り。みててかなり面白い。
必死で肉持ちながらバスを追いかけてくる人。歌う人。いやー素敵です。ウガンダ人。
普通の人もみてて面白いしね。てな感じで、アフリカのバス、面白い!!


2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:23:28 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ピグミーへの道
フォートポータルの町についたのは2時半くらいだった。
久しぶりの田舎町でなんだか落ち着く。基本都会より田舎のほうが好き。その国らしさがみれるから。
この日のうちにピグミー村いっちゃいたかったけどどうやらもういくには時間が遅くて帰りの車を捕まえるのが大変っちゅうことでこの日は断念。次の日にいくことにした。

次の日。
この日のうちにカンパラに帰りたかったから朝7時に車を求めて宿をでた。NEW LINDA LODGEだっけかな?とかゆうとこに泊ったけどそこのオーナーまじでいい人だった。感じがとてもよくていろいろアドバイスしてくれた。宿自体もきれいで安い。シングルで7000だっけかな?ん?5000?1ドルが1960シュケルで1ドル90円。この時は。
しかもレストラン併設でそこの飯がうまい。ニューリンダ。素敵です。

出てきて雨が降ってきた。うわーまじか!
持ってた折り畳み傘を差して乗り合いタクシーのあるところへ。
人に聞いて聞いてついたその先にあった車をみて愕然とした。



え!?荷台!!?




雨ですよ!!今日は雨ですよ!お兄さん!!!!


、、、、どうやらこの車らしい。

さすがにそれはないでしょう!だって雨ザーザーだよ!?ザーザー通り越してガーガーだよもう!ガーガー!!

絶対ほかにもいく車あるだろうと思っていろんな人にほかの車ないのか聞いたけどどうやらこれしかないらしい。

んー、、、どうすっか。
この雨。行くには3時間かかると聞いた。
この激しい雨の中野ざらしで耐え切れるのか?てか着いたその先にいる小人との出会いを楽しめるだけの力を残しておけるのか?
激しい雨の中激しい自問自答が始まった。幸い?なことに雨がやむのを待ってて車は一向にでる気配がない。それもまたそれで困るのよ。
明日学校にいくからそれようにカンパラでいろいろ買い物とか準備してからいきたいわけでそのためには早く帰らないといかんわけで、、、、。
そこでひとつまた自問自答の要素が加わった。

屋台でメシ食ったりなんだりして時間はもう8時過ぎ。一時間以上待った。
せっかくここまできたんだからやっぱいくっきゃないだろう。
そう決めてすぐに雨脚が弱くなった。
何度も何度も何時に出るんだって運転手にせかして聞いてたけどようやく出発するぞと。
トラックにぬれた木のイスがおいてあるだけのなんとも簡素な乗り物に乗り込んだ。
まだ雨は降ってるから傘は差したまま。
いざ出発!と同時に激しく突き刺さる風。

うっひゃー寒いよー!!!
タンクトップにシャツ。雨なんてまったく考えてなかったから完全に夏使用。
周りの現地人はそれなりに雨対策をしてあったかい格好してる。うん。そりゃそうだよねw

ありがたいことに雨は出発してすぐにやんだ。寒さが和らいで助かる助かる!
でもそれ以上にきついこと発覚。乗客、、、、、多くないですか!!?

小さな荷台に人がわんさかわんさか乗ってくる。荷物合わせて20~25人くらいは軽く乗ってたと思う。木のイスにぎりぎりいっぱい座って、その間の空間に立った人をばしばし詰め込む。たってる人たちはそのままじゃ振り落とされるからみんながしっと抱き合って一致団結して走る。もうこれはきついよー!ってくらい詰め込んでるのに乗りたいという人がいれば確実に乗せる。そこはアフリカ、限界を知らない。
激しく悪路な道を暑苦しくみんな抱き合って走る。

気づけば空はとてもきれいで、そこからの景色は最高に気持ちが良いものだった。
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:26:41 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
小人村
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そんなこんなでどうにか着いた。そこはいうならばまさにジャングル。
歩いて10分くらいのところにピグミー村があった。てか小人がいた。

おおー確かに小さい!ちっさいおっさん!
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そのおっちゃんが村に案内してくれた。
小人の村っていっても普通のおっきさの人もいるのね。作業をしてる人たちは普通の大きさだった。まあ彼らがピグミーなのかどうかはわかんないけど。

最初に連れて行かれたのがキングの家。村長さん。
誰がキングなのかーと思ってたらハーパンジャージのちびっ子だと思っていたそのひとこそキングなり!え!?キングハーパンジャージなの!?

THE ラフ!笑

こんれがまたさすがにキングだけあってちっさいねー!
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そのキングがご丁寧に家の裏にイスを出してくれてまあ座りなさいと。
座ってそこから、商売が始まったw
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ここの村に入るにはまず村長さんにお金を渡す。そういうシステム。
それは写真撮影をいくらでもしていいよーってゆうお金。

まずそれを払わないとなーって思ってそれをいくらだどうだ言う前に、言う前に!
すでに商売開始。

うーん、必死だねえ。

キングが水をいれる壷を5000シリングで買ってくれともうごり押し。
みてみたけどいらないと思ったから断ってたらどんどん勝手に値を下げていった。
イスを出されてから村人もみんな集まってきた。
その人たちもみやげ物をもって来る。

いやいやそんなお土産を買う気なんてそんなに、、、




、、、、、、っは!!!!?




おばちゃん何持ってんの!!!?




そう、それはアフリカに入って、いや、アルゼンチンからずっと探し続けていた幻の楽器。



パチカじゃーーーーーん!!!!!!!
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遂に見つけた。
アフリカ発祥の楽器ってのは知ってたけどどこなのかがいまいちよくわかんなかった。
マサイマーケットでも探したし、そこでコンゴの楽器じゃないかいわれてカンパラでコンゴの土産屋さんもいって探した。けどなかった。どこにもなかった。まさかこんなところでみつけるとは、、、。


こっちの言葉ではパチカではなくカサンガってゆうらしい。
まあパチカ自体にアサラトやれなんやれ呼び名がいっぱいあるらしいから気にしない。
木から落ちた木の実に硬い実を詰めて作るらしい。
あ、パチカってなんのことだかわかりますか?楽器ですよー!最高に面白い!

両手でやるもんだと思ってたけどピグミーたちは片手のみ。
でも基本のリズムは一緒だった。
いいねー!いいねー!そんなんテンション上がっちゃうに決まってるじゃないの。

もう気持ちはカサンガに釘付け。
あと何個持ってんの!?全部持ってきてっつって吟味して買い占めた。
その間に決まった入村料は12000シリングに決定。それにプラスで持ってた飴とバナナをあげた。みんなすぐによってきてみんなで分けてすごいおいしそうに食べてた。
入村料で渡したお金は村人全員で分けるらしい。
86人とかいってたっけかな?もう忘れちゃったや。

で、キングは相変わらず、壷を買ってくれと迫ってきていた。
カサンガは買ったけどそれはキングの品物ではない。一人一人売ってるものが違うから売れないと本気で生活に困る。んだと思う。
あまりに鬼気迫る感じだったから買ってあげた。お土産が増えてハッピーで生活費が増えてハッピー。こうゆう機会でしかお金が手に入らない環境なんだからたくさん買ってあげようとこうゆう場ではういつも思う。たとえ少し高かろうが。まあこの時は値切ってもいないのにだいぶ安かったけど。

壷が売れてほっとしたらしくキングの村案内が始まった。
まずはキングの家。気持ち、家も小さい。
通されてまずキングがキングであることを主張するツール。壁に貼られた新聞をみせられた。
確かにキングらしい格好をしてる。
そこで被ってた帽子?を被ってほら、とりなさいとポーズをとるキング。
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うん、確かにキングだよ。でも、短パンジャージじゃ決まらないよ。。



案内は続く。

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大人二人分ねれるくらいの部屋に4,5人くらいで寝てるらしい。
だから小さな家でも15~20人くらいで生活していたりするんだとか。ほんとに小人。
キングの奥さんもそこにいた。キングより‥‥‥でかいw

儀式で使う笛だとかなんだとか説明してくれる合間にちょいちょい商売のお話。

これ、買わない?

藁?なんてゆうんだろ?木で編んだバッグは2000ゆうから即行で買った。
1ドルてキング。それは安すぎだろうと。

ほかにもいろいろ見せてくれた。

家の外で日干しレンガを作ってるその横ではマリファナを栽培してた。
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こんな遠い田舎でまさか法律に触れたりすることもないでしょう。民族がマリファナとか育ててるってのはなんか多い気がする。マサイ族もなんか育ててるって聞いたことあるな。
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しかしキングのサービス精神にはあっぱれだった。
もういつ何時でも写真カモンでポーズをとる。写真とってっていったら即座にとってくれる。サービス精神の塊のような人だった。

どんくらいいたんだろう?一時間くらい?
ちょうどメシの時間っぽかったしあんま長居するのもよくないかと思ってそんなもんで終了。
帰りはキングが送ってくれた。本当にいい人。ありがとう。
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本当に小人はいた。ピグミーって映画の世界だけの話だと思ってた。
どうやって小人になるんだろう?どこでそうなったの?昔は大きかったの?
それとも小さかったの?大きかったんならなんで縮んだの?
考えれば考えるだけ不思議な民族だと思う。
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帰りの車を待つときに本読んで知ったけどピグミーは5歳までの死亡率が40パーセントくらいなんだとか。前は国立公園内に住んでて他の文化と触れ合うことはなかったけど最近は公園外に追いやられて普通の人にはある免疫がなくて軽い病で倒れてそのまま死んでしまうと。それには人里からあまりに離れたところに暮らしていてそこから運びだすのも大変で病院へいくお金もないというのが現状らしい。
それを読んでキングのあの必死さが脳裏に浮かんだ。



、、、もっと買ってあげれば良かった。


世の中お金だけがすべてではないと思う。
でもやはりそのお金がないことで落とす命があるというのも事実。
なんだかいろいろ考えた。

お金とは。幸せとは。

本当の幸せってなんだろう。

この考えはボランティアで学校で過ごしてる時により深く考えた。
そっちでもうもうちょっとかけたら書きたいと思います。



村からの帰り道は楽しかったなーしかし。みんな笑って話しかけてきてくれてわいわいわいわい。
田舎の方が人が純粋で好きだ。

帰り道の車は行きと同じ車。行きは始発から乗ったから座れたけど帰りはもうすでに乗れないっしょってくらいぎゅうぎゅうだった。足場もないから片足立ちで立ったまま周りのおっさんにしがみつ悪路を走る。バランスを崩したら全員車から投げ出されるほどゆーらゆら。
バランスをとるつらさと直で感じるアフリカ人特有の体臭のきつさ。意識も朦朧としてきそうなこの状況の中おっさんにしがみつきながら考えた。







キングハーパンて!!笑




ピグミー村。本当いってよかった。
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2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:30:23 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ウガンダの孤児院NEWTOPIA
ウガンダの孤児院書いていきます!
ケニアの情報ノートで知った孤児院NEWTOPIA。
カマウさんという日本人が自分の力で学校を建てて一切他の援助をうけずに学校を運営しているという部分に惹かれていくことを決意した。これはアフリカの革命だなと。

コンタクトをとれたのは確かダンスの前日。
ピグミー村にいって帰ってきて3,4日後にいくと伝えたら4日後にナイロビに出かけてしまうとのこと。
さすがにそこは会っときたかったから行動を急いだ。
だから雨でもピグミー村いったしその日の深夜に帰ってきてネットupもできないまま次の日の朝に買い物をしてから向かった。

急いだおかげでカマウさんと会えた。
やはり想像していた人とはイメージが違う。そこが出会いの面白いところ。

その日は土曜日で学校は休み。近くのマーケットに買出しにいったり歓迎会があったり。
夜の飯の後に子供達によるダンスと歌の歓迎。プラス太鼓ね。
これがめっちゃくちゃよかった!歌もすごい気持ちいいしダンスも子供達の笑顔も本当に素敵。
一人ずつ握手をして歌ってくれてありがとうありがとう!
終わったあとは子供達が座ってお返しの歌。とダンスw
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日本の歌のリクエストでわたしゃ音楽家山の小鳥~♪をみんなで歌って一人でリクエストされたスピッツのチェリーを熱唱したw
いつもこうゆう日本の歌を歌う場面では上を向いて歩こうを歌う。いつもは。
で、ダンス!
やっぱりダンスはいい。しかも今回は太鼓付き。うーん、上がる!
子供達も一緒にダンス。楽しそうに踊っててうれしい。
ダンスを習ったりしたことがない人が踊る完全にオリジナルな楽しさを表したダンスは本物だと思う。ダンスは本来喜びの表現。それがその場に生まれた。子供達のダンスはすばらしい。

歓迎に感動しみんなにありがとう。
その後に先生たちとカマウさんたちでミーティングがあった。
テーマは教育についてだったっけかな?

内容どんなだったかはちょっと定かではないけどこうゆう話あいの場を大事にしてるってとこがよく伝わってきた。考えさせられる場面。いろいろなことが頭に浮かんだ。もうこの時点で来て良かったと思った。
あ、そういえばカマウさんに何が得意かと聞かれてなんでもできますと答えて出かける前に宿題をだされた。
それは学校の看板つくり。
二十数年間アフリカでこういった活動をしてきたカマウさん。
でも日本人経営ということもありいろいろと問題があってなかなか学校の看板を出すまでの自信がなかったと。
でも最近二人の新しい先生も入り流れに乗ってきているから看板を作ることを決めたらしい。それをやってくれないかと。快く引き受けた。

これで後々苦労することになる。
行く前にも書いたけどここNEWTOPIAに来た理由はダンスと笑顔で子供達にやる気とピースな心を伝えたいから。なかなかできない現地の子供達との深い触れ合いをしてみたかったしそれを通じて現地の人の考え方とかを知りたかった。求めていたものは触れ合い。

でもその看板作りは学校の為のもの。
ボランティアとしてきたんだから学校の為に動くべきなのはわかるけど求めていたのはそこじゃない。しかも雨季でもないのに雨が毎日降って作業がなかなか進まなかったりカマウさんの求めているものがよくわからなかったりとかいろんな理由が絡まってごちゃごちゃになって結構大変だった。かなり。

そう、着いた次の日に出発したカマウさんはなぜか知らないけど次の日に帰ってきて結局ずっと一緒に生活。いやー、大変だった!笑

すべてはほんと書ききれないと思うから考えたこととか要所要所かいていきまっす!
まずは序章終わり!
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:31:36 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
色々考えたウガンダボランティア
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まずはNEWTOPIAの説明から。
NEWTOPIAは孤児院。
アフリカの孤児を(アフリカではたとえ片親がいてもその子供は孤児扱いされる)アフリカ人には足りない正直さと努力、そして責任という三つの要素を伝えて育てる孤児の救済機関。

孤児院というとそこかしらの援助をもとに動いてるところがほとんどだけどここはカマウさん本人の軍資金のみで運営されてる。
2007年で終わっちゃったらしいけどそれまでは金が尽きたら日本に出稼ぎにいくという生活を続けていたらしい。なかなかできることじゃない。

で、上にも書いたけどNEWTOPIAには守るべき教訓が三つある。
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Honesty― no lie/respect yourself/keep promise
Effort― work hard/improve/aim high
Responsibility― do your work/keep time/respect others

確かにアフリカ人に足りないものだと思う。
ハクナマタタ(No problem)とかポレポレ(ゆっくりゆっくり)ってゆう文化を持つアフリカ人はあまり細かいことを気にしない。
よく言えばゆっくり生きてる。悪くいえば怠惰。

そういう部分が今のアフリカを作ったと考えたカマウさんはこの三つの教訓を掲げてびしばし子供達をしごいていた。
すべての責任は自分にある。子供だからといって何回もミスをすることは許さない。
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ここでは子供達がすべてのことをやっていた。
食事の用意。庭の掃除。畑仕事。水汲み。鶏の世話などなど。すべての仕事をみんなで役割分担して一人一人が自分の役割を持ってた。そうすることで責任というものをわからせる意だと思う。
自己責任を持たせるぞと。

時間厳守とかも厳しい。
少しでも遅れたらメシ抜きとかなにかしらのペナルティ。
それは自分の仕事でなにかへまをした時とかも同じ。ペナルティは時に体罰だったりもする。
まさに昭和の日本。カマウさん自身もいってた。自分は古いタイプの人間だと。明治時代の無骨な感じが好きだと。武士のようなね。

ペナルティは当然のように先生たちにもある。
遅れたら遅れた分だけどんどん減給。メシ抜きだってある。なかなか大変な職場。
カマウさんは生徒だけじゃなくここで生活するすべての人が自分を高める場として生きることを望んでいた。

てことでもちろんボランティアに要求されるものも多い。
子供の前で言ったことは守る。子供に嘘はつかない。子供よりも時間に遅れないなどなど。
子供達より長く生きているのだからいい見本に努めてほしいと。うん、大事なことですな。

共感できる部分はもちろんある。アフリカで二十何年間もウガンダの為、アフリカの為と動いてきたその姿は本当にすごいと思う。

でもそれはちょっと違うんじゃないかって部分もたくさんあった。それは一緒に生活してて徐々に徐々にみえてきた部分。
まずカマウさんは口が悪い。
アフリカ人のことを最低辺の人種で犬畜生と同じだと思ってるといっていた。
でも救うのは日本から持ってきていたリスペクトのある人の言葉からだとも。

それは、「その人が生きた価値はなにをしてきたかではなくなにを思って動いてきたか」というものや、本の内容でいえば、ものすごく腕のたつ医者がいてその医者は金のある人相手ではなく泥棒とか貧しい人とか世間一般でいえばどうしようもない人だけを「なんで俺はこんなどうしようもないやつらばかりを助けているんだ」といいながらもずっとそうゆう人達を助け続け続けるといったもの。そういうものに共感して今まで動いてきたといっていた。

カマウさんの行動自体は本当にすごいと思う。でも思っていたような尊敬に値するような人でもないと思った。
言葉は人を見事に表す。その人の生まれ育ち。どんな考えを持ちどんなふうに生きてきたかは言葉でかなりわかると思う。
その言葉がかなり悪い。それはまずい。無宗教だけどキリストを例に挙げれば彼もいっている。

「最初に言葉ありき」

言葉は思考そのもの。思考が言葉に変わり言葉が態度に変わる。そしてその態度は行動につながっていく。すべては繋がる。そう、思う。

そんな考えを抜きにしたって悪口とか愚痴とかいってる人には人は寄り付かない。やはりリスペクトや好奇心を持てるような魅力のある人はいつも楽しいことや人の喜ぶことを口にしていると思う。
人間だれだってそうでしょう。その人がいて場がぴりぴりするような人とその人がいて場が明るくなる人なら大抵の人なら後者が好きなはず。言葉は大事。

なんだかよくわからないけど自分はカマウさんにそんなに気に入られてなかったらしい。根性がないとかくるボランティアこっちで選べないものかねとか遠まわしにいわれた。たぶん看板を完成させる前に出発したいっていったからなのかな?たぶん。最後には完成させてでてきたけどなんかそんなこといわれたら作る気も失せるw

仕事内容がきつすぎる。給料が安すぎる。もうついていけない。
そんなこんなで9日間で一人の給食のおばちゃんと一人の先生がいなくなった時もぼろくそにいっていた。
アフリカ人はこれだから。若いから仕事ってものをわかっていない。なんやかんやでぼろくそにいっていた。そこにピースはあるのかとまた疑問を抱く。言葉は本当に大事だと思う。


体罰ってのも納得いかなかった。
Respect othersを掲げる人が平気で人を殴ったり蹴飛ばしたりしていいのかと疑問に思った。
ある子供がティータイムの時間のティーの作り方を間違えてしまい飲めないティーをみんなにサーブしてしまった時があった。もちろんみんなティーブレイクできず。その子供はぼこぼこに殴られてた。それだけで。それが何回も同じ失敗が続いたものならわかる。
でも一回目でそんな怒られ方したら何をするにもおどおどしてしまい積極性にかける人間に育ってしまうんじゃないかと思う。暴力や力で人をいい方向に導くことができるのかと。

まあ今までもそうゆう風に厳しくやってきたんだしみてる限りでは子供達にとってかなりいい環境になってると思う。総合的にみて。ここで育った子供達は間違いなく強く育つ。だからなにもいわない。教育方針に口を出せるような立場でもないし本当に他の部分ではいい環境だと思うから。

でもなんか、納得いかなかった事がみえるんだよなあ。
飯抜きにしたらその後の授業とか頭に入らないじゃん。
食は人間の三大欲求の一つでとても大事な部分。これが欠けたら生きてはいけないし、子供にしてみれば成長の為にも大人よりさらに必要といえるかもしれない。
それを抜くのはなあ。食がなによりも好きな僕です。そこは本当変えたほうがいいと思った。
もし自分がメシ抜きいわれたら発狂しかねないw
腹減ってる時は人間いらいらするものだし余裕がなくなるでしょ。豊かな心は体の余裕から。健康の為にもいろんな意味での成長の為にも食は削っちゃいけない。

思ったことを全て書けばきりがない。
とにかくカマウさんはすごい濃い人。自分とは完全に合わないと思ったw

いつも自分と合わないと思った人はさっとかわす。
でもここではそれができなかった。それがちょっと息苦しかった。
だから早くでたいと思ってたけどなんだかんだで9日間。1週間ででるつもりだったのにフェリーを待つって意味で2日間延びた。
そうゆうのも含めて旅がしたいと思う衝動がどんどんでかくなっていった。

でもなんだかんだで長いこといたことにはまた意味があったと思う。自分の成長に繋がる意味が。
子供達との触れ合いは想像以上に楽しかったし先生ともよく話してアフリカ人のリアルな考えを少しは知れたと思う。周りに住む現地人との会話もけっこうできたと思う。

でもなんだかんだ子供達以外との交流がそこまでうまいこといかない9日間だったかなー。
あー説明だけ書こうと思ったのに最初からけっこう飛ばしちゃった。いろいろなことがあったからこそいろいろと考えた9日間。書くことはまだまだあります。どんどんいきましょう。
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2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:32:47 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(4) | トップ↑
カクメイジに会ってくるっす!
今タンザニアの首都ダルエスサラームにいます!さっききました!
本当はちょっとここでゆっくりしてからザンジバル島にいこうと思ってたけどザンジバル島で会いたかった人島岡強さんとコンタクトとれたから明日にでも行こうと思います!
だからまた更新遅れるかもです!

我が志アフリカにありという本を出している島岡さんはアフリカの革命家。いや、世界の革命家か?
うちの兄はこの人だけに会うためにここアフリカタンザニアのザンジバル島までいった。
どれほどの人か、是非あって話しがしたいと思う。きっと得るものはでかい。

楽しみにしてたザンジバル島。では、いってきます!!
2009 / 03 / 06 ( Fri ) 23:42:30 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(1) | トップ↑
ザンジバル
またまたお久しぶりです!最近upのペースがいかんですね!
まだ、ザンジバル島います!ザンジバルめっちゃいいとこだー!!

きて最初の三日間はずっと会いたかった島岡強さん宅でお世話になってた。
島岡さんのことはまた今度書きます。
思ってた以上の人だったなー!圧倒された!
あんな人いままで会ったことないしこれからもきっと会うことはないと思う。
とにかくすごい人だった。リスペクト。
島岡さんのことを書く前にみなさんには是非まず島岡さんの奥さん由美子さんが島岡さんの生き様を書いた「我が志アフリカにあり」を読んでほしいですね。

3日間お世話になってから一旦ザンジバルの東海岸のジャンビアーニってゆう村に最近できたマライカってゆうゲストハウスで2泊して帰ってきた。
オーナーのサジさんは超いい人で料理もうまかった。
朝と夜メシ付で10ドルはかなり破格。
宿の雰囲気もかなりいいし目の前海だし。
もっと日本人客を増やしてレストランとか作ってもっと快適な宿にしたいといっていた。
今は電気もないけど人が集まればどんどん改善されていくと思う。

せっかく海にいったけど体調悪いし足痛いってことで海に入れなかったのが残念。
ザンジバルにきたあたりからずっと頭が痛かった。あと吐き気。
プラスでなんかしらないうちに足にでっかい深い傷ができててそれがかなり腫れてた。
最初あんま気にしてなかったけどそれがあまりに痛くなってきたし治る気配もないから頭痛いのがマラリアだったら嫌だし昨日病院にいってきた。
まあ軽い診察だったけどマラリアではないらしく一安心。気合で治せる範囲のようだ!気合で治してぱっぱっぱーとザンジバルのストーンタウンをみてあさっての夜にダルエスサラームに帰ろうと思う。
とりあえずNEWTOPIA編書き終えたんでupします!はい!出発進行―!!
2009 / 03 / 13 ( Fri ) 19:17:47 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
NEWTOPIAの生活
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どんな生活をおくってたかっちゅう事をかきましょか!
平日と祝日で違うんだけど平日の事。

6時起き。朝は早い。
まだ暗いうちに鐘がなって起床。
子供達がね。
で、みんなでおはようしてからムチャカムチャカってゆうこっちのラジオ体操みたいな体操をする。で、終わったらランニング。
真っ暗でみえない草の道に車のライトをあてて100mくらいの距離を往復10回。
朝起きてすぐだから最初は体がついていかなかったーw慣れれば意外と気持ちがいいもの。

で、7時前にメシ。
子供達と大人は別のメシ。
ボランティアはカマウ家でアボガドパン、ジーナッツパンを頂く。
子でもたちは、、、、なに食ってたんだろう?
たぶんポリジだと思う。とうもろこしの粉をお湯でとかして砂糖いれて出来上がり。
どろっとした飲み物。おなかに溜まるけど栄養はないと思う。それが平均的なアフリカの学校の食事。これが昼飯になってるところも少なくないらしい。

で、8時半に朝礼。
ウガンダの国家を歌ってNEWTOPIAの教訓をみんなでいって最後に幸せなら手をたたこうを歌う。日本人より日本人らしい生活がちょいちょい子供達の生活に浸透していた。

で45分の授業開始。
先生の数も少ないということで畑仕事とか雑草抜きをするガーデンとか体育とか音楽とか手伝える授業は手伝った。
子供達はパワフルでやる気のある子ない子いて大変。みんなしたいことが全然違うんだから!
一人で体育やったときは先生ってまじで大変だって実感した。先生には、、なりたくない!笑

で、2時間目まで終わってからドリンクタイム。
さっきも書いたポリジを頂く。
これは給食費を払ってる子達のみ。あとはスタッフ。
で3~5時間目まで授業をやって1時にランチ。
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子供達が作った料理はまじでうまかった。主にポショってゆう粉末(トウモロコシの粉だっけかな?)で練って作ったもち。カロってゆうのかな?前に市場で食ったときに載せたやつ。とやさしい味のスープだった。魚だしのスープか豆のスープ。
カロ以外にはウガリかキャッサバがでた。
ウガリも同じように粉から作った餅みたいなやつ。キャッサバは芋。甘くない芋を蒸して食べる。
カロとかキャッサバとかをスープに浸して食べるのが正しい食べ方。初めて手でメシ食った気がするけどちょっと楽しい。この文化、未体験ゾーン!フレッシュ!!
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で、その後も授業は続いて7~8時間目くらいまでやって終了。みんなよくがんばる。日本より勉強してるじゃんね。

で、最後も集会やって国家歌って幸せなら手を叩こう歌ってみんなでハグして終了!4時くらい。
子供達ははるばるあの山の向こうから歩いてくる子達もいれば下宿している子供達もいる。
だいたいは孤児。
でもアフリカって両親が片方いなければ孤児になるから完全な孤児ってゆうのはそこまでいないんだとか。
まあいたとしても親族のつながりが強いから絶対に誰かしらが育ててくれるようになってるんだと。
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で、下宿してる子達には一人一人仕事がある。
庭掃除。水汲み。メシ作り。畑仕事。洗濯などなど。
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で、大人たちのシャワータイムスタート!
子供が用意してくれたポッドのお湯と5Lのタンクでシャワー。かなりうまいこと使わないと全部シャンプー落とせなくて気持ち悪くなるから慎重に。水のありがたみを感じながらの行水。一人15分。
で、ちょっとしてから子供達の行水スタート。

子供達はなんと囲われたシャワー室じゃなくて野外で。草の上でみんなすっぱだかになって水をあびる。用意されるたらいは1,2個。それを6人くらいだったかな?の子供達で使って行水。小さな女の子も関係なしでここで行水。
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いつもみんなでわいわいやって楽しそうだった。

大人と子供で分けられる部分てのはいくつかあった。
トイレは分けられてたし洗濯物も大人はロープで干してるけど子供は草の上に直において乾かしてた。手を洗う場所すらも違ったな、そういえば。
そこは一緒でいいんじゃないか思うんだけどなあ。
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で、7時から夜メシ。
みんなでいただきますしてみんな食べ終わったらしっかりご馳走様でしたっていって終える。

食べ終わったくらいには外はもう真っ暗。
それでもまだ終わらない。
みんなでランプを囲んで自習。8時~10時くらいまで。がんばるねい!
それで終了!
次の日も6時起き。
なかなかハードな生活だったなあ。
なによりもメシが足りないのが一番きつかった。
ここにいう間だけでベルトの穴が2個分縮んだ。子供達を考えるとおかわりはできない。
でもほかに食う場所もない。体力なくなる。元気がなくなる。
うーむ、悪循環!笑

最後の何日間かは近くに実は村があってそこで飯が食えるってことを知ったからそこで昼飯の後に満腹になるためにいったりした。

痩せた痩せた思ってたけど実は最近計ってみたら65kgで実は少し増えてるくらいで笑った。

ウガンダの田舎の村だから電灯とかも皆無で最高に夜の星空がきれいだったなー。そんな生活でした!はい!!
2009 / 03 / 13 ( Fri ) 19:23:48 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ARE YOU HAPPY?
                  ARE YOU HAPPY?


アフリカ人に対して抱いていた思い。
お金がなくても幸せ。ハクナマタータ!

その考えが本当に正しいものなのか確かめるべく投げかけてきた言葉。
幸せですか?

この問いにここの子供達はみんなこう答えた。幸せだと。

嬉しかった。子供達にとっていい環境だと思ったのはその答えがあったから。
NEWTOPIAにいる間に地元民の集まるマーケットにいったり結婚式に顔を出したり町を歩いたり先生と話したりといろいろな人と話す機会があったから聞いてみた。今幸せ?
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もちろん幸せだよブラザー!もう毎日楽しくってまいっちゃうよ!うひょひょひょひょー!!

そんな答えが当然返ってくるだろうと思ってたら結果はかなり違う方向に。

幸せじゃない。そう答える人が多かった。
もちろん幸せだって答える人だって当然いる。でもそれ以上に逆を答える人のほうが多かったと思う。そこはアフリカの直すべき部分だと感じた。

幸せではないと答えたひとのほとんどがお金がないからってゆう理由だった。
しかもだいたい話をしてるうちにおごってくれおごってくれっていってくる人ばかり。
そりゃわかる。確かにアフリカは貧しい。

ダンスと笑顔で触れ合う人たちにやる気と幸せになるのは簡単なことだよと伝えたいと思って旅をしてるけど、実際問題アフリカにきてからその貧困が生活の余裕をなくして考えることもできなくさせてるんじゃないかってよく思う。やる気がどうこうとか幸せがどうこうとかいってる前にまずはしっかりと飯を食って寝れる環境があることが大事!そこと自分はどう向き合っていったらいいかとか考えるけど結局はなにもできないってとこに行き着く。今はこの状況を知っていくことが大事でそれを少しでも伝えていくことが大事なんじゃないかと。

とにかく知ろうと思ってきいてみた。
貧困で幸せじゃないってゆうのはわかる。なかなか脱せれない現状があるのもよくわかる。
でもアフリカ人がもっと頑張れば、一人一人が頑張ればもっと状況は良くなると思う。これは間違いないはず!
それをしない。いや、できないのがアフリカ人気質。
どうにかなるさってゆう考えのハクナマタタがかなり生き方に染み付いてるからみんなそこまで現状に焦ってないし頑張ってもいない。
生活がよくなればいいと思ってるけど自分が大変な思いをしてまで変えようとは思わない。誰かが変えてくれたらラッキーだ。その程度。
だから時間も守らないし仕事も本気でしてない人がほとんど。それはそれでゆったりと自然体で生きてるってゆう捉え方もいいと思うけどただ怠惰だっていっちゃえばそれでおしまい。なにも残らない。なにも変わらない。

自分たちは貧しい。だから助けてくれ。助けてくれて当然だろう?
各国からの援助物資が頻繁に届けられる環境で育ったせいか求める気持ちばかりが育っている。大事なのは与えることなのに。人に見返りも求めずに与えることは難しい。でもそうすることで自分に回り回って返ってくる。世の中はそういうふうにできている。。。と、思ってる。

ちょうだいちょうだい!あれもして!これもして!
そんな風に生きていたら下手な考えしか頭に浮かばない。そんな事をいってる以上今生きてる「
今」に幸せを見つけられてないってことでしょ。その「今」が続いた先が未来なのにその今に幸せを見つけられないんじゃ一体いつどこの未来で幸せになるんですかと聞きたくなる。

少し豊かになってしまうと海外からの物資が届けられなくなっちゃうからそのぎりぎりのラインで生活を保つように生きている人もいって聞くけどそんなことに頭使うくらいなら生活の工場の為に頭使いなよっていいたくなる。

アフリカにはまだまだ改善点がたくさんある.
まずは自分達でどうにかしようっていう気持ちを持つことが一番大事。
それってでもすごく大変。生活からなにから全て変えないと無理かもしれない。
それをアフリカ人が望んでいるのかどうかはわからない。
今のままハクナマタタで生きて生きたいならそれ以上はいえない。
でもハクナマタタのままでありたいけど援助に頼って楽に生きて生きたいってゆうのはよろしくない。やるならやる!やらないならやらない!二つに一つ!

今ある幸せをみつけることは大事だし今に全力を注ぐというのもすごく大事。
でもい今今ってなって今しかみえてないってゆうのはそれはそれで問題。
意識を高く持ち、自分の目標に向かって毎日完全燃焼で突き進む!
そんな風にみんなが生きていったら間違いなくアフリカは変わる。もちろん世界も。

なんだかんだきれいごと書いてきたけどやっぱとにかく生活の安定!
腹が減っては戦はできん!食える環境にまずはしないとね!
求めるだけの物乞いみたいな気持ちは捨てて少しでも心も体も豊かに幸せに生きていける環境になっていったらいいなと思う!

聞いたからどうこうなるとは思わないけど考えるきっかけになるかもしれない!幸せへのきっかけになるかもしれない!これからも聞いていこうと思う!

                ARE YOU HAPPY!?
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2009 / 03 / 13 ( Fri ) 19:26:47 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
青年海外協力隊
青年海外協力隊。そしてJAICA。
海外に毎年選ばれた隊員を送り込んで現地の人々の助けになる。だいたいはそんな内容の組織だと思う。
日本にいる時に青年海外協力隊に抱いていたイメージ。
それはとても輝かしい人々。
海外に渡りそこに住む人達の生活の救いになって任期2年をやり遂げるすばらしい仕事だと思ってた。

世界中に散らばっている隊員。
今までもちょこちょこ出会ったりした。
でもここアフリカでその現状を知った。思ってもみなかった現実がそこにあった。
旅にでて現地にこないとみえない現実。そこんとこを書いておこうと思う。

これはカマウさん。そして島岡さんからきいた話のトータルで書いていきます。
お二人の話は内容が全然違うけれど唯一共通していた部分がこの協力隊の話。

それは協力隊はなにもできていないという事実。
カマウさんのところで聞いた話はこうだった。

その人は学校の教師としてウガンダを変えるべくして気合をいれてウガンダの学校にやってきた。
制度もなにもめちゃくちゃで先生たちもやる気のない学校をどうにか変えようと頑張ったその人は環境が悪かった。そこの校長が盗み癖のある人でちょいちょいその人の持ち物を盗んでいった。もちろん注意をした。けどやめない。
学校運営の面でも意気込んでやっていたものの周りがそれを望んでいなくてなにもかもがうまくいかない。
徐々に徐々にその人はやる気を失くしていって最終的にはギャンブルに走った。
協力隊一人を送り込むのにかかるお金は準備やれなんやれ含めて2000万円くらい。
しかもそれは日本国民の税金から出てる。
それをわかっていても潰れてしまう。本当にそうゆう人が多いらしい。
やる気があるだけでは変えられない現状がそこにある。
それは送り込む前の調査が曖昧だから。むしろそこに本当に人が必要なのかすらも危うい。

島岡さんがいっていた。
それはただ年間何人送り出したかをデータでだしたいってだけだと。
しかも申請をする側の真の目的は人ではなくてその人がきたことで得られる物資。
農業関係で人を呼べば今まで鍬で耕していた畑にトラクターが入るかもしれない。大切なのはそこ。人にはなにも期待してない。
日本側からしてみればそこで本当に救助が必要なのかとかをそこで調べないといけないのにそこをしっかりやらないうちに人を送り込んじゃう。重要なのは何人送り込むか、だから。
そんな環境に送り込まれた人がそこでなにができるのか。なにもできないに決まってる。
だってそこでなにかできる人はとてもパワーのある人。

そんな人が果たして協力隊に応募するかどうか。
本気でそこを変えたいと思ってる人がまず組織に入ってそこに属した上でそこに乗り込むというのは何か違うんじゃないかと。
島岡さんのように単独でアフリカに乗り込んで事業を立ち上げ成功させるってのはなっかなかできることじゃない。協力隊は安全も保障されてるし気軽にいけるといえばいける。応募する人の気持ちもよくわかる。みんながみんなそんなに強いわけじゃない。

実際協力隊を受ける人は安全が保障された環境で困っている海外の人たちを助けるという部分に惹かれる人は多いと思う。もちろん本気でそこの人たちを救おうと思ってる人がいるってのもわかる。でもなんとなくで受けてうかった人も少なからずいると思う。

その人たちに一体何ができるのか。
やっぱり、何もできない。
受け入れる側も日本側もそれを求めていないし本当にそこに援助が必要なのかすらも定かではないんだから。
そこで悪巧みを考えて横領をした人もいたという。
でもそんな人たちもみんな最初は人それぞれかもしれないけどやる気に満ちてそこにやってきたはず。でもどこかで潰れちゃって何もしないまま日本に帰る。

そして日本に帰ればアフリカならアフリカで色々な支援をしてきたと表彰されたりする。日本の銀行の口座には2年間で200(だったっけかな?)万円が入っている。もちろん現地ではそこに住む人たちが住めないような安全な、そしてお金のかかるところに住み4万円くらいのお小遣いもでる。報告会と称した飲み会も1ヶ月だか2ヶ月だかに一回あるって聞いた。

うーん、協力隊ってなんなんだろう。

それの延長戦の話で海外からの援助の話も書きます。
日本に住んでる人で貧困で困ってる人に対して資金援助をしたいと資金援助したりする人が多くいると思う。
でもその援助って90%以上。いや、95%以上その貧困で困っている人たちに届かないという事。
大体そうゆうのを集めるのは海外で学校をやったりしているNGO。
でもそのNGOの実態が聞くところひどい。
ほとんどのNGOが現地の人達の為と募金を呼びかけるんだけどそこで集まったお金が現地人に全て使われるということはまずないと。
集まったお金は結局はその運営してる人の家になったり生活費になったり。そりゃ多少は現地人の人のために使われもするんだろうけどほぼ状況が変わらない程度。
自分はいい生活をして、結局はそこの人達の生活は変わらない。
そこでなんで俺たちに還元されないんだと現地人が暴動を起こしたりすればじゃあもういいよって日本に帰る。とてもおかしな話。
でもそんなことが本当よくあるのが現状。

じゃあ援助はしないほうがいいんですか?って島岡さんに聞いたところやめたほうがいいときっぱり言っていた。
確かに現地人に還元されないし、もしそれで救われたとしてもその人たちはもらい癖がついてしまってどうにか援助をもらおうと貧乏にみえるようにしたりと実質の助けにはつながらないことが多い。どう考えてもプラスよりマイナスの面の方が多い。

どうしても援助がしたいならこの人ならといえる人に直接お金を託して託すしかない。もちろん見返りなんて求めず。そんなもの求めるなら最初から援助なんてしないほうがいいわけだし。

日本から期待を持って送り出された協力隊と援助資金。
実際日本に住んでる人が思ってるような結果には繋がっていない。これはほんとショッキングなことだった。

こう書いてみたけど青年海外協力隊、そしてJAICAの専門家として海外に出る人、今から出ようとしてる人を否定してるわけではないです。
その制度がちょっとおかしなことになってるという事を伝えたかった。
正直今回色々な話を聞いて協力隊ってのは正直なくしたほういいと思った。その組織自体を。
そこにかかるお金をもっともっとうまい道に使うことはいくらでもできるはず。
期待はもちろんあるけど期待だけでうまくいく世の中でもない。
現状を知ったうえでなにができるかといえば現時点ではなにもできない。
でもそこで考えることでうまれる道もあると思う。今は知ること。それが大事。
2009 / 03 / 13 ( Fri ) 19:28:11 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ウェバレニョ
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今考えてもやっぱりカマウさんがボランティアに求めるものは高かったなーって思う。
そこらへんを島岡さんとも話した。
てかそこでまたいろいろカマウさんの話を聞いてなんかもう萎えた。まあなにを聞いたかはここでは書かないけど相当ひどい。書きたくもない。

カマウさんはボランティアこっちで選べないもんかねといっていた。
でもそれってよく考えたらおかしいってことに気づかされた。

ボランティアがいないと回らないってよく考えたらおかしいしね。
基盤がしっかりしてないってことじゃん。
島岡さんにやっている事業には入り込む隙なんて微塵もなかった。よく考えてみたら当然なことで。
その当たり前のことにもなんか気づかないくらい心をやられてたのかもしれないw
島岡さんにいわれなかったら気づかなかったことだと思う。

お金の面でもカマウさんのとこはおかしなことになってたし。別にいいけどさ。

まあでもここまで書いたようにそこでいろいろと考えて学んだ部分があった。
子供達の底抜けな明るさとも触れ合えたし。
もうそれだけでも人生にプラスになってると思う。
あんなかわいい子供達はなっかなかいない!それは触れ合う時間があったからこその話なわけだし。出会いに感謝。あいつらはみんなファミリーだ。
子供達も兄弟だといってくれた。嬉しかった。
最後の夜に送別会で歌ってくれたときはほんと泣きそうになった。
何日間か滞在が延びてしまったけどそのおかげで約束していたNEWTOPIAの看板を作ることもできた。達成感をくれたカマウさんにそこは素直に感謝。
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いろいろ考えたけど結果的にいろいろな事を知りここでしかできない経験をたくさんさせてもらったと思う。

あとは子供達が本当に強くたくましく、そして幸せに生きてくれれば最高だ。
水と電気のない生活で物のありがたみも感じた。日々学び、日々成長。
たくさんの学びがあった。全ての出会いに感謝!
みんなそのままの笑顔で育ってほしいな!ウェバレニョ!!
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2009 / 03 / 13 ( Fri ) 19:32:36 | Uganda | TrackBack(0) | Comment(5) | トップ↑
マサイが仲間になった
ボランティアを終えて久しぶりに旅再開!タンザニアに入ってわっくわくー!
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ビクトリア湖をビクトリア号で渡る。地元人が乗る3等は熱気むんむんで厚かった。
船の上にはバナナが盛りだくさん!アフリカ人ほどバナナの調理がうまい人たちはいないと思う。
バナナっつっても黄色だけじゃない。緑のバナナも食べる。
それを煮て作る主食のマトケは最高にうまい!
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バナナだから栄養も満点!なはず!笑

ブコバって町からムワンザって町に渡って朝に着いた。
そっからそのままダルエスサラームにいこうと思ってたけど朝6時にしかでてないということでこの日は断念。
ダルエス行きのチケットを買った後で気付いたこと。それは、




キリマンジャロ通りすぎてるがな!!!!!!!!!笑
早速チケット交換!
お金にはがめついアフリカ人。かえれるかなーと思ったけど思ったとおりすんごい大変な自体になった。そこは完全にこっちのミス。相手もなかなか曲げない。

ここでいけなかったら俺この人生でキリマンジャロみれない!!それでもいいの!?

めっちゃ頑張った。最後はすがるように変えてもらったチケットはキリマンジャロの麓の町モシ。
しかもなんだか共感してくれたらしく次の日の朝のバス停までの送迎もしてやるといってくれた。でも起きれるかわからないからどうにか電話をゲットして連絡をくれと。
アフリカ人にだっていい人はたくさんいる。その気持ちが嬉しいね。
いやーしかし変えれて良かった。気付いて良かった。モシ朝着いた時にダルエス行きがまだあったら、、、
全ては必然ですな!えかったえかった!
交渉で疲れた後はソーダ。
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これはこっちのジンジャーエール。味はまさに、生姜!辛いよー!笑
で、この便も朝出発。
4時半くらいに宿でなくちゃいけない。
宿から近いけど歩いていったら襲われるのがアフリカ。そうゆうとこはしっかりしないといけない。襲われたりするのは運もあるけど大半は自己管理できていれば大丈夫。気をつけて!

バス会社のおっちゃんを頼りたいとこだけど電話をそんな朝早くに使えるとこがないしあまりそこに期待しているのもいかんから自分でいく方法を考えた。てかタクシーでしかバス停いけないのかって宿の人に聞いた。そしたらマサイを連れて歩いていけばタクシーの半額でいけるという。1000シリング。今1ドルが1300タンザニアシリング。
マサイってマサイ族ね。タンザニアではマサイ族が家の門番してたりする。泊ってたホテルにもその門番のマサイがいた。
とりあえず歩いていける距離か今確かめてきなよっていって宿の人とマサイと3人で夜にバス停に歩いていった。ドラクエでいえばこの状況はまさに



マサイがパーティーに加わった!


ですなw

でもこのマサイ。身長は高いけどかんなりひょろい。ガリクソン。
なんかすんごい頼りないけど大丈夫なのって感じ。でもそこはマサイ。なんてったって唯一帯剣を許された誇り高き民族。しっかりと助けてくれるんだろう。住民達もマサイと一緒に歩いてれば恐れて襲ってこないらしい。次の日の朝4時にお願いした。


で、次の日。見事に寝坊して4時半。マサイはすでに仕事を終えて寝ていた。ごめん。マサイ。




           マサイがパーティーから外れた。




マサイと一緒に冒険はできなかったけどそっからのバス移動はまさに大冒険だった。。。。
2009 / 03 / 15 ( Sun ) 19:45:44 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(1) | トップ↑
クレイジードライバーは空を舞う
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タクシーでファッサーバス停着いて物売りからメシ買って一安心。
席についてほっとしいたら昨日のバス会社のおっちゃんがやってきた。
なんと少し遅れたけど迎えにきてくれたらしい。しかもわざわざバスの中に挨拶までしにきてくれるなんて。おっちゃんごめん!まってらんなかった!
でもその気持ちが嬉しい!ありがとう!アサンテサナ!

5時半。バス出発!ドドドドドドド――!!!!!
すごい勢いで走り出した!

待ってくれーーー!!待ってくれーーーーー!!!!
なんか叫び声がするなーと思ったらバスの後ろを必死の形相で追ってくる兄ちゃん一人。
気を抜いて乗り遅れたんだろう。
運転手ガン無視!車を止めるどころか勢いは増すばかり!
気の毒だけど兄ちゃんまた明日!

ムワンザからアルーシャ、モシ間はバスがすごいってのは聞いてた。そのすごいってのを乗ってすぐに思い知らされた。

体が、ぶっ飛ぶ!笑

飛ぶなんてもんじゃない!ぶっ飛ぶ!
普通バスに乗ってる人がこんな表現を使うのはおかしい。でもあの状況を説明するにはこの言葉がぴったりだ。ぶっ飛んでた!

なんでそんなことになるのか。
走り出したところは暗くてはっきりとはみえなかったけどそこまで舗装された道ではない。
でも村と村の間にあんまりスピード出しちゃだめよ~ってゆうダンプ?ってゆうんだっけかな?とにかくあのぼこっとしたやつがある。それがたくさん。

それはスピードを落とさないと危険だからということで作られたもの。
そう、スピードを落とすことが目的であり大前提なわけでございます。その常識を覆すことなんてもちろん考えられているわけもなくそんな馬鹿みたいな走り方する人なんていない。
客を乗せるバスでなんてもってのほか。そんなやついるわけないっつーの!!!





、、、、、、、、、、、、、いたw
スタートダッシュからすごかった!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオ!!!!!!!!

ガッッッタン!!!ドン!!!ガッッタン!!!ドン!!!!

怖い。車で道路を走ることがこんなにも怖いものだとは思わなかった。
周りのアフリカ人もみんな一番体を安定できるポイントについて手はがっちり前の座席。
次のジャンプはいつだとひやひやしながら前をみている。

そりゃそうだ。ボコボコがある度に体が2、30cmくらい浮くんだから。体中が座席に打ち付けられる。なんなら上の荷物置きにもがつがつ頭をぶつけた。

バスで寝れるからと前日いろいろ作業しててあんまり寝てない。でもこんな状況で寝れるわけがない。寝てる人なんて一人もいない。

寝るな!寝たら死ぬぞ!!!!

雪山とは違うけどここもまた寝たら死ぬ。バスの中なのにw

そんなバスでも人が続々と乗ってくるわけで。
明るくなってきてからは前方がみえるようになるから少し準備の時間ができる。少しずつ体が慣れていった。この状況になれてる現地人はみんなジャンプの前に体を少しあげてショック吸収で乗り越えていた。

バスは確かに老朽化しててそのせいも断然あると思う。道路のぼこの作りが少し荒いってゆうのもあると思う。でもやっぱり、それ以上に運転手の運転。そこが一番でかい。

途中で一回シャープな運転に切り替わった時はおっ!やっとわかったか!って思ったけどすぐに暴走機関車に戻った。もう、止まらない。

何時間か走ってから激しい揺れの中小説を読むこともできるようになっていた。
人間の適応能力というのはすごいw

で、その小説を読みふけっている時にすごいことが起きた。



え!?倒れる!?
みたことない光景がそこにあった。本を読んでたからなんかリアルじゃなかった。
そう、バスが45度?いや、それ以上に傾いて今にも倒れんばかり。もちろん地面に着いているのは片輪のみ。
反対側の窓にみえるのは地面。意味がわからなかった。


バッタン!!!


いつもの光景に戻った。どうにか体勢を整えたらしい。
なんでこんなことになったんだろうと窓の外をみてみた。
P1010565.jpg

すぐに運転手が後ろに駆け出した。後方200mくらいのところにでっかいトラックがみえた。

そのトラックめがけて走る走る!手にはでっかい石。

殺す気だな。すぐにわかった。
なんかしらの理由でそのトラックがこのバスの進路を遮ってそれであんなことになったんだ。
こうゆう時アフリカ人は野生に返るときいたことがある。きっと本気だ。

むこぅのトラックにのってた兄ちゃんはこれまた必死でトラックを捨てて逃げ去っていった。どうにか逃げ切ったらしい。
あのまま逃げずに捕まっていたらと思うと怖い。
運転手に続いて乗客もみんなそっちいってたからほんと殴り殺されてたと思う。

とにかく、助かった。みんな助かった。
少し様子をみてから出発。アフリカはなめちゃいかんと思った。
P1010563.jpg
P1010564.jpg

走っては故障修理を繰り返して朝にでたはずがもうあたりは真っ暗。4時に着くって聞いてたとのモシのいっこ前の町アルーシャに着いたのが8時過ぎ。モシには10時半くらいに着いた。

着いたときにはもうくったくた!こんなに疲れた移動は久しぶり。
とにかく生きてて良かった。この時もついてたな。

クレイジードライバーが空を舞う!ムワンザーモシ間、侮りがたし!

もう絶対にここのバスにはのりたくない!笑
2009 / 03 / 15 ( Sun ) 20:12:49 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
ザンジバル終了!
相変わらずザンジバルです!
今日の夜にダルエスサラームにフェリーで帰ります。ザンジバルは本当にいいところ。
島岡さんに出会えたってのは本当に良かったと思う。今後の自分の生き方に関わる出会い。
正直聞いた話をどこまで書こうか考える。それはまた今度。

で、ザンジバル。
ストーンタウンてゆう三角形の町並みが世界遺産。
アフリカだけどイスラム色の強い島。いや、国というべきかな。
タンザニアの一部に今はなってるけど国旗もあれば国家もあるし、なんといっても独自の文化を持っている。正直ここはタンザニアとは違う。考えてみればフェリーできた時イミグレもあったし。完全に独立国家ですな!

街中も中東なんだかアフリカなんだかよくわからないごっちゃな感じで町には毎日コーランが流れてる。
女の人たちもだいたいイスラムな服装。なんてゆうんだったかは、忘れましたよと。
まあここに限らずアフリカのイスラムな人たちの服装はいい。
中東みたいにみんな黒じゃなくてカラフルな布を巻いてる。カンガっていうらしい。
写真をのっけたいけど相変わらずめっちゃくちゃネット環境悪いからUPできましぇん。メールとかも読めはするんだけど返信できましぇん。ヤフーメール重い。

ザンジバルは大きな島。
ストーンタウンは一日でみてまわれるっちゃまわれるけどそのほかにも見所はたくさん。
やっぱり海に囲まれた島だから海がメインかな。リゾート。
ザンジバルの海は超遠浅。
2,300mくらい沖に歩いていかないと泳げないwおかしな話ですが本当です。
まあ場所にもよるけど。
その分潮の満ち引きが激しくて午後にはもうそりゃあ大量の海でバイーンです。ばいーん。

あとザンジバルのいいところは、、物価!ダルエスサラームより物価が高いって聞いてたけど全然こっちのほうが安い!ダルエス探してもメシが3000シルくらいださないとちゃんとしたメシくえない感じだったけどここでは1000くらいだせば満たされる。
なんといっても食。そして物価。そこが安定してれば天国だ。

あとはなんといっても人の良さ。
みんな気軽に話しかけてくれる。スワヒリ語をとてんもきれいに話すとこらしい。ザンジバル。
ジャンボ!マンボ!ポワ!
スワヒリ語は響きがいいから覚えたいけど気付いたらもう次の国マラウイあたりでスワヒリ文化じゃなくなっちゃうっぽいから覚えれないかな。少しでも頑張りますか!
ウェルカムってのはカリブという。うーん。やっぱ響きが好きだ。
言葉だけじゃなくて人柄ね。みんな人懐っこい。
今日港で話したおっちゃんのいってたのが印象的だったな。

俺たちザンジバル人が大事にしてるもの。
それはPeace、Love、そしてRespectだ。

うーんいいですね!ピースとラブはわかるけどそこにリスペクトってゆう言葉が入ることはなかなかない。
人に対してのリスペクト。とても大事なことだと思う。
ゆったりと生きているここの人たちはもしかしたら色々と考えている人たちなのかもしれない。
そうだとしたら素晴らしい。是非そうであってほしい。

いやーしかしいい島だった!PEACE ISLAND!
今日海辺でパチカ練習してて今までできなかった技ができるようになった。
そのおかげか興味津々で話しかけてくる人がたくさんいた。みんなで一緒にやって笑って、まさにPEACE。これもきっとこの島のおかげ!うーん違うかw
まあ、そういうことにしておこう!

ってことで今日の夜ダルエス帰ります!
こっからはちょっと急ぎ足!4月の20日前にはできたら南アのケープタウンに辿りつきたい!まあ物価も高くなっていくからちょうどいいくらいだと思う!
とにかく!ザンジバルは今日で終了!とてもいいタイミングでこれて良かった!
できたらまたきたいな!ありがとうございました!

2009 / 03 / 15 ( Sun ) 20:47:06 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(4) | トップ↑
kirimanzyaro
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キリマンジャロがみたい!その想いで、その勢いでそんも麓の町モシにやってきた!
着たまではいいけど山に登りたいわけじゃない。
さっさっさーっと上れるような山ならもちろん登る。
でも5896mくらいだっけかな?の山に登るにはそれなりに用意が必要。
ガイドとか荷物運んでくれるポーターとか雇ってその人達にしっかりとチップやれなんやれ払えば安くても10~20万くらいかかる。
そんな金出してまで登りたくない。てか山は自分で登るなら富士山までで十分。それ以上の高さは楽しさより苦しさのほうが多いように思う。
個人的に山は楽しんで登りたいからキリマンジャロ登山はまったく興味がなかった。
P1010586.jpg

でもみるだけじゃなー!なんかキリマンジャロの麓らへんうろうろできないもんかと思ったらそんなツアーがあるらしい。
カルチュラルツアーっていってキリマンジャロ山腹のマテルニって村をガイドと一緒に歩いて主要な換金作物のコーヒーやバナナのプランテーションをみたり現地に住むチャガ人の生活に触れることができるというツアー。
値段も手頃っぽいからそれないかなーと思って朝でかけた。
あ、泊ってた宿はキリマンジャロバックパッカーズってとこで一泊5ドルの朝飯付。朝コーヒー飲みながらキリマンジャロみれてなかなか良かった。

で、ツアー。
まああればいこうかなーくらいの軽い気持ちで探してたら早速声かけられた。
道端で。話をきくとまさにそのツアー。
9時発のツアーでこの時すでに9時半。今日いけないのってきいたらいけるらしい。
値段も30ドルで聞いてた通りだし行くことに決めた。
そしたらその兄ちゃんがここで金を払って今からすぐに出発しようといってきた。
いやいや道端で!?それは怪しいでしょさすがに!オフィスに連れて行きなさい!

ってことでオフィスに移動したらオフィス閉まってるウ!笑

なんかみんな朝飯ででかけてるとかであくのをまたないといけないらしい。
待つなら待つでもいいけどその分出発が遅れるけどそれでもいいのか?どうする?
そういわれて超怪しいけど代金払った。逃げようとしたって絶対逃がさない!
ってことで早速出発!

お弁当と水を買ってダラダラ(乗り合いタクシー)で出発!
キリマンジャロ山腹のマテルニ村へ!

そこの村に着いてガイドとバトンタッチ。
どうやらちゃんとツアーになってるらしく一安心。
そっからタイマンガイドのオール歩きカルチュラルツアーが始まった。
ガイドの名前はリチャード。この村出身の彼はちょうどいいくらいのクレイジーっぷりで村の人気者。なんかノリがロンドンにいた若者に似てた。面白い。
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とても気持ちのいいところだった。
キリマンジャロで一番高いところに位置する村マテルニはかなりでかい。
そこを二人で一緒に歩いてアフリカで三番目といわれる滝にいく。

村はすごい素朴な感じ。リチャードがいった。これがリアルアフリカだと。
うーん、確かに!想像してたアフリカの生活にかなり近い気がする。
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いろいろな植物の説明とかを聞きつつ歩く。
タイマンだからペースとかに気を使う必要もないし聞きたいことをきける。いつものツアーとはまるで違う自然体なツアー。
とにかくバナナとコーヒーがたくさんあった。
この二つは一緒に育てるものらしい。
バナナは太陽が必要でコーヒーは陰が必要。だからどのコーヒーもバナナの木の下に植えられてた。共に生きる。陰と陽。そんなところを知るのもなんだか新鮮。
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この葉っぱはバナナの木だっけかな?これが家の前に置かれているとそこの家はバナナビールを売ってるよってゆうマークになるらしい。
しかもこれにはピースな意味もあって何かで喧嘩した時にこれを相手に渡してごめんねって気持ちを表したりすることもできるんだとか。うふふふ。

ジャングルの中のような道を登って歩いてるとリチャードがあっ!ていって何かをみつける。
それは、、カメレオン!
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大人から子供までトータルで5匹くらいこのツアー中に見つけてた。どんだけ目がいいんだあんたは!ここで育ったからなんでも知ってるんだっつってもこんだけみつけるのはほんとすごい。いい目してんね!

んでまず連れて行かれたのが実家w
なんだかんだで家で作ってるコーヒーを買わないかと。
本場のキリマンジャロコーヒー。モシで売られてるコーヒーはとうもろこしが入ってるとかであんまうまくないらしい。
まあせっかくだしここの家族を助けるって意味合いでもあんま買おうと思ってもなかったけど値切りもせずに買った。そしたらそのコーヒー受け渡しの場面を撮ろうってリチャードがいいだして撮った写真がこれw
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お母さんも頑張ってますよー!!
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ツアーは続く。
どんどんどんどん奥地に入っていってだんだん道なき道をいくようになった。
前日に深夜に着いてそのままちょっとだけ朝飯食ってきちゃったからもう腹がへって死にそうだった。その手に持ってるランチプリーズw滝まで我慢我慢!
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んでどーにか滝へ!
思ってたよかだいぶいい感じ!もっとしょぼいかと思ってたけどなっかなか!
120Mもあるらしい。
なんか日本の滝を思わせる。風情があるっていったほうがいいかな。
そこで!そこで!!待ちに待った!!!ランチ!!!!!
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ハンバーガーにチキンにケーキにバナナ。内容盛りだくさんでしかも食ってるここは滝の目の前。
このロケーションで食うランチはもうほんと最高!なんといっても調味料に空腹が入ってるからもううまいうまい!

元気出たああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!
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てことで早速踊った。
準備運動してさーやるかと思ったらカメラを渡したリチャードがもう勝手に撮りだしてなにやらナレーションをいれてる。
それにあわせて踊って、その後に興奮したリチャードも踊ったw
クレイジーこんなやつ初めてだ!そしてこんなやつが大好きだ!
P1010580.jpg
すごい盛り上がった。その後も二人でハイテンションで歩いていった。
相変わらずよくカメレオンをみつける。
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これなんだっけかな?パッションフラワーっつったっけかな?みため確かにpassion!
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んでぐるーっと行きとは違う道を歩いてきてツアー終了!
歩いてたとこが大体2700m~3000mくらいのとこらしくけっこう息がきれた。
なんといっても暑い!
てことで終わったあとはリチャード家経営の店でバナナワインを飲むことに!
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バナナビールは飲んだことあったけどワインは初めて。ラベルのRAHAはスワヒリ語で幸せという意味らしい。二人で乾杯!うまいねー!
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リチャードが何杯ものめのめと薦めてくるけど正直ワインよりキリマンジャロコーヒーを飲みたかったからそれを伝えた。そしたら俺が教えてやるよと。なんなら明日のダルエスサラーム行きのバス会社もいいとこ教えてやるっていってくれた。
帰りもダラダラで山を下って帰った。

で、まずはバス会社。
このツアーに来る前に自分でいくらなのかは調べておいた。
14000Tshでいけるってのはわかってた。
でも紹介されたとこは25000.いやー悪いけど14000でいけるとこ知ってるから!
断ろうとしてもいろいろいってきてなかなかほかにいかせてくれない。
結局14000まで下げてくれたけどよくみたらそこもスタンプで14000て書いてあって朝調べた会社と同じところだった。
ボロうとしてたんかーい!!まあ気持ちはわかる!生活が大変だもんね!必死だもんね!

で、コーヒーショップへ。
連れていかれたところはなんか欧米っぽい一人じゃ絶対いかないような高級っぽいカフェ。
現地人が飲むようなとこで飲みたいのにここは欧米人しかいない。
なんでこんなとこ連れてきたのかわからないけどとにかくコーヒーを飲んだ。
キリマンジャロコーヒーっていって頼んだけど普通のコーヒーとの違いがわからなかった。
P1010585.jpg

そこで飲んでてチップをくれといってきたからあげた。
いつもはチップとかあんま渡さない。ガイドで満足することがないから。むしろいないで好き勝手にさせてくれたほうがいい。
けど今回はそのガイドが面白くてすごい楽しめた。
ちゃんと払おうと思って5ドルに決めた。ツアー代30ドルだし。
その中には村への寄付金とかガイドの給料とかも含まれてる。
5ドル渡そうと思ってたけどさっきのんだバナナワインがなぜか勝手にこっち持ちになってた。せめて一杯おごってみたいにいってくれたらよかったけどそうゆうのもなく勝手に払うことになってたからそこは差し引いて渡すことにした。今飲んでるコーヒーもどうやらこっちもちだけどそれくらいはいいかと。

で、渡したら意外な反応をされた。


もっとくれ。



いやいやそれで十分でしょ?さっきのワインとかここのコーヒーとか。さっきキリマンジャロコーヒーも買ってあげたし。
いつもはこんなに払わないけど今回は楽しかったから渡すんだよって説明した。


やはり不満らしい。
ワインでひかれるなら先に言ってほしかったと。そしたら飲まなかったのにと。

いやいや!お前が言わなかったからこうなってるんでしょ!?

そしたら自分ちの家計の大変さを訴えてきた。
給料もそんなに入らないらしい。確か。25000Tshとか。今1ドルが1300Tshくらい。

そこまで困る額なのかはわからないけどそこは会社との話。
でも実際問題どうしようもない状況なのかもしれない。
でもここでたくさんチップをあげるのが本当にいいことなのかがわからなかった。
それは物乞いの人とどこが違うのか。
確かに仕事をしてる。いい仕事してると思う。
でもそこでワインをおごられるのが当たり前でチップをもらうのも当たり前ってのはなんか虫の良すぎる話なんじゃないかと思った。

なんか頭ん中ですごい細い糸がごっちゃに絡まっていく感じがした。
ちゃんと仕事をしてる人にはしっかりとそれなりのお返しをしたいと思う。
でもなんか今回はそれとは違った部分が入ってる気がした。
アフリカ人らしい考え。なんかしてもらえたら、なんかおごってもらえたらラッキー。

そんな小さな事考えてないで仕事が良かったらよかったでぽーんと奮発して払うってのが大人の振る舞いなのかもしれない。
でもそれならそれでそこの意思疎通はやっぱりあるべきだと思う。なにもいわずにツアー客が金を払う状況になってるってのは納得がいかない。

ずっと笑顔だったリチャードもこの時ばかりは真顔だった。
あの物乞いが人を見るような目。少し悲しげな目。

そんなに大した額を要求してたわけじゃない。あと2000Tshだけでいいといっていた。
でもそこで完全に納得ができなかった。、
結局1000Tshだけ渡してバイバイした。
リチャードのガイドは本当に楽しかった。それだけにお金でもめたのは少し残念。
しっかり働いてる人にはそれなりの見返りがあるべきだと思うけど今回はそれだけじゃない。求める気持ちを育てたら人は動かなくなる。それはいかんと思う。だからいつも物乞いには金はあげない。でもそれと今回のことがまったく別のことなのか、同じことなのか、似たようなことなのか、正直よくわからなかった。こうゆう時の振る舞いはどうしたらいんだろう?
貧困に対して自分がどう向き合っていけばいいのかがまた少しわからなくなった。

でもとにかく!とにかくこのツアーは最高に良かった!リアルアフリカ!まさにアフリカを肌で感じるツアーだった!ツアーの内容的には大満足だったマテルニ村ツアー!楽しかったー!!以上!
2009 / 03 / 24 ( Tue ) 20:24:57 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(0) | トップ↑
23
にじゅうさんさーい!!!!に!!じゅ!!う!!さんさーい!!!!!ばんざーい!!笑

どーも!23歳です!3月24日、ここマラウイのンカタベイで誕生日を迎えました!
タンザニアのダルエスサラーム~ザンビア間を走るTAZARA鉄道に乗って途中下車してバスを乗り継ぎやってきたここンカタベイ。
マラウイ湖が目の前にあるけどなにか目立った観光名所があるわけでもないけどすごい癒しスポット。なんだかんだもう着てから5,6日くらい経ってる。
ここで会ったくまちゃん、松本フーフとの時間が楽しくてもう!昨日前に会った旅人とも再会したし相変わらずたのしんどります。

さて、23歳になりました。
やっぱりここはこれからのことを書いておこうかなと!

23歳、個人的にここからが大人と子供との境界線。そして勝負の年。
それはただ自分にとって小さい頃から3という数字が特別なものだったからってだけかもしれない。
でもやっぱりここからが社会と向き合う節目の年だと個人的に思ってる。

世界一周という旅の中で迎えた23歳。
来るべきときにきたなって感じがする。アフリカに入ってからいろいろと考える場が増えた。それは今まで自分が考えていたこととは違うフィールドのこと。
ウガンダのカマウさん、ザンジバルの島岡さん、そしてここンカタベイで会ったくまちゃん。
種類が全く違う強烈な日本人に会ってほんと色々考えさせられる。

今までは本を読むにしても精神論の本が好きでそんなんばっか読んでた。
毎日どう生きていくべきかという熱い議論を交わす島岡さんとくまちゃんは歴史にかなり詳しい。それは偉人と呼ばれる人々の話。

偉人とよばれるだけあってやはり大事なポイントでやるべきことをやっている。
歴史を知るということはただ年号を覚えるということが大事なのではなくてその時なにがどうなったからそうしたという事を理解することが大事なんだなと痛感した。
それを理解して、自分の人生に当てはめてみて、そこから学ぶ。
全てがそうだというわけではないけどそこから学べる部分はたくさんあると感じた。
だから帰ったら本を読みたい。まあ歴史の本のみならず。
やはり学ぶというところでは本を読むという方法はかなり有効。
だって一人の人生の最重要ポイントがその本一冊にまとめられてるんだから。まあ小説とかは別かもしれないけどそれを読むことで一人の人生を経験したといえるような学びがある。
だからまず本を読む。今まで以上に。

まあこれは旅中は難しいから今はやっぱり世界を肌で感じること。それに専念したい。

で、もひとつは島岡さんの奥さん由美子さんに言われたことだけど社会にもっと目を向けていこうということ。それは仕事としての社会。
この旅を終えたらなにかしらの形で仕事をしていくことになる。それが今年。
少なくとも年内にはこの旅を終えるつもりだから始まりは今年。
そこでどう社会と向き合っていくか。そこを考えた上で形にしていこうと思う。
今まで家族に向けられていた愛。それがそとにむけられた時、それは社会だ。
と、由美子さんは言ってた。
まさにその通りだと思う。

人間一人では生きていけない。
23歳になるまでもいろんな人に助けてもらって成長してきた。
そこをいつまでも自分が自分がという考えでいたらまずいんじゃないかなと考えさせらた。

人の為にと動いていける。それが大人なんじゃないかと。
今完全にこうだーってゆうふうにやるべきことを頭に描くことはできていないけどそこんとこを意識していこうかなと。

自分にとって大きな年の移り変わり23歳。
やりたいことは山積みだ。一つ一つ自分なりに意識してやっていこうと思ってる。

まあそうはいっても今までの自分のスタイルを変えるつもりはないからこれからも目一杯楽しんで生きてやるってのは変わらない。

なんといっても一回きりの人生、後悔だけはしたくないしいつまでも笑って生きていきたい。
そこはきっと変わらない。その先にある全てを人のためにと生きていくってゆう生き方は今の自分の器にはまだまだでかすぎる領域。自分のできる範囲のことをやっていく。今はそれでいいと思う。

とにかく!23歳!手始めにやってやろうと思っていることは、、、、、、




マラリアを治す!!!笑



はい!マラリアです!昨日発覚しました!笑

タンザニアはいってからずっと調子悪かったけどやっぱりマラリアだったのねー!!
昨日から薬飲み初めて明日にはマラリアを体からなくす。
うーん!気持ちいー!!



始まりは、マラリアから♪



23歳のスタートはマラリアと共にw
症状も別に大してきつくないしここで気合入れてばっつし治してまた激しく生きていこうと思う!
日々考え、日々学び、日々行動し、日々成長!おっしゃ!23歳も完全燃焼だ!
激しくいきまっせー!!!うわっしゃああ!!!マラリア死ねーーーーー!!!笑

2009 / 03 / 24 ( Tue ) 20:26:04 | Malawi | TrackBack(0) | Comment(10) | トップ↑
today
いやー!ネット代が高いんだから!もう!高くて遅いからやる気もおきないっつうの!
もしかしたら今までいったどこの国よりも高いんじゃないかな。
1時間8クワーチャ。1ドルがここンカタベイは155クワーチャ。
都会にでると170らしいけど。
だから1時間計算すると3ドルちょい。もう、やってらんない!笑

アフリカはネット環境悪い悪いきいてたけどほんとに悪い。
メール開くのに10分くらいかかるのにこんなに高いなんて。今から南下していくつもりだけど南アまではずっと高くて遅い状態が続く模様。
写真のアップとかはアジアにでてからやります。

あーもう!アフリカはなんだってそうなんだから!
クオリティーが低いのに値段がそれに伴ってない。そこやめてくれませんか!?
アフリカってけっこう旅安くあげられるイメージあるけどメシやれ宿やれかかるとこはかかる。
飯とかだってバリエーション少ないんだから!野菜ないんだから!

サラダ食いてーーーー!!!!

ここマラウイで食える飯はバターフィッシュってゆう魚かチキンか肉。
それとライスかシマってゆう(東アフリカではウガリと呼ばれる食い物)とうもろこしの粉をお湯いれて練って作ったもの。かチップス。
それくらい!食えるものそれくらい!
シマはほかのとこに比べたら断然うまい!もちもちしてて食い応えあるしボリュームもある。

でも飽きたーー!もう飽きたよーーー!!
かつ丼食いたい!そばが食いたい!ってかサラダが食いたい!!
栄養をくだせーーーーーー!

栄養不足からかよくわかんないけど最近足にでっかい膿みがよくできる。日増しに増えていくからやばい。ハエがたかってきますよ♪うふふ

あ、そういやマラリア治った!
3日間薬飲んでその後また病院いって血液検査したらもうマラリアはいなかった。
いやーすごい!マラリアのお薬!
まだそこから完全に体調が戻ったわけじゃなくてちょっとふらふらする。
でも食欲が戻った。少しずつ良くなっていくはず!早く万全に戻りたい!


そんな感じです!

ずっとこれからの進路を考えてたけど決めた。
ここからザンビア抜けてビクトリアフォールズ。そっからジンバブエ通って南アに抜けてそっからスワジランド通ってモザンビーク。そっからまた南アに戻ってからひょいっとナミビア行ってケープタウン入り。それを4月の20日くらいまでにやろうと思う!

考えてみたら時間がないやー!
けっこうここも長居しちゃったからそろそろ出ようと思う。出発は明日かな?
まずはマラウイの首都リロングエに抜けてそっからザンビアの首都に抜けようかなと。
一気に駆け下ります!
またしばらく更新できないかもしれないけど確実にアジアに抜けたら全部アップします!
いやーしかしアフリカはネット環境ほんとひどいんだから!
パソコン買ってきて本当よかった!うひょひょひょひょひょー!ではまた

2009 / 03 / 28 ( Sat ) 20:36:03 | Malawi | TrackBack(0) | Comment(1) | トップ↑
Kakumeiji
P1010670.jpg
ザンジバル島。
やはりその全ては島岡さんとの出会いだったと思う。
どこまで書こうかずっと考えてたけどやはりあそこで話あったことはこうゆう場で書くものじゃないかなって思って書かない事に決めた。

あれは島岡さんから自分に対するメッセージだったと思うから。
人生色々。学びは人それぞれだと思う。

一つ言えること。
それはあんな風に生きてる人は今まで会ったことことがないしこれからもきっと会うことはないということ。

革命家。そう名乗る島岡さんの生き様はほんとにかっこよかった。
人に対するでっかい思いやり、意識の高さ、行動力、知識の深さ、人脈の広さ。
革命家と名乗るくらいだから考え方もぶっとんでるように思えるけどもんのすごい知識人。
全ての行動の裏に筋が通ってるって感じた。
だから人が集まってくるんだと思う。まさに人格者。
その生き方は本当に衝撃的なものだった。

もんのすごいでっかい学びだった。もちろん奥さん由美子さんからも。

いろいろと考えた。それはまだまだ形にならないものでもある。
それを形にしていくこと。それが大事。
大きく生きようと思う。自分が自分がという生き方ではなく人になにかをできる生き方を。
態度で示していかないとなにも意味がない。動いていかないと。
P1010668.jpg
なにも関係のない自分を温かくお迎え入れてくれたことに最大限の感謝。
感謝の気持ちこそ態度で返していきたい。
P1010669.jpg
書こうと思えばいくらでもかけるけどそれはここではやめておきます。
このブログ上で伝えられる事は島岡さんに教えてもらった人生で必ず読んでおくべき本くらいかな。海外じゃあ日本の本特定で探すのは難しいし。興味がある人は読んでみて下さい。では

「孟子」

「論語」

吉川英治  「三国志」「新書太閤記」「宮元武蔵」

司馬遼太郎  「坂の上の雲」「国盗物語」「関が原」「竜馬がゆく」「翔ぶが如く」
       「花神」「項羽と劉邦」

陳舜臣(チンシュンシン)   「太平天国」「小説十八史略」

駒田信二   「水滸伝」
2009 / 03 / 28 ( Sat ) 20:38:19 | Tanzania | TrackBack(0) | Comment(1) | トップ↑
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